●『病草紙』
平安時代の奇病を画いたという「病草紙」は、平安時代末期から鎌倉時代初期に、土佐派の画家によって書かれた。
どのような目的で書かれたか不明だが、病気や身体に対する関心が、画家に筆を執らせたと思われる。以後、「病草紙」に模して、病人の姿を描いた巻物が種々作られ、別本、異本として現存している。
本巻物は絵に詞書(ことばがき)があるので、絵の病人が何の病気かわかる。
描かれているのは
@ 風病の男
A 小舌の男
B ふたなり
C 眼病の治療
D 歯槽膿漏の男
E 痔瘻(じろう)の男
F 毛虱(けじらみ)の男
G 霍乱(かくらん)の女
H 口臭の女
の9図である。
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●風病の男
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ちこごろ(近頃)男ありけり、風病によりて ひとみ(瞳)つね(常)にゆる(動)ぎけり厳寒にはだか(裸)にてゐたる人の、ふる(震)ひわなな(戦慄)くやうになむありける、
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●小舌の男
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こした(小舌)といひて、した(舌)のね(根)にちゐ(小)さき した(舌)のやうなるもの、かさなり(重)ておいゝ(生出)づることあり、やまひおもくなりぬれば、はら(腹)にはうゑ(飢)たりといへ(雖も)どん、のむど(咽喉)飲食をうけず、おもくなりぬれば、しぬるものあり、
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●ふたなり
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なかごろ(中頃)、みやこ(都)につゞみ(鼓)をくび(首)に」かけてうらし(マヽ)あり(歩)く男あり、かたち(容貌)おとこ(男)なれども、女のすがた(姿)に似(似)たることもありけり、人これをおぼつかな(覚束)がりて、よる(夜)ねいり(寝入)たるに、ひそかにきぬ(衣)をかきあげ(掻上)てみ(見)ければ、男女の根(も)とんにありけり、これ二形(ふたなり)のものなり、
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●眼病の治療
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ちかごろ(近頃)、やまと(大和)のくに(国)なるおとこ(男)、め(目)のすこしみ(見)えぬことのありけるをなげき(歎)ゐたるほどに、かど(門)よりおとこ(男)ひとり(一人)いりき(入来)たり、あれはなにもの(何者)ぞとい(云)へは我は目のやまひ(病)をつくろ(繕)ふくすし(医師)なりと云い、いゑあるじ(家主)、しかる(然)べき神仏のたす」けかとおもひ(思)て、よび(呼)い(入)れつ、このおとこ(男)め(目)をひきあけて、よくよく見て、針してよかるべしとて、針をた(立)てつ、いま(今)はよくなりなむとていで(出)ゝい(去)ぬ、そのゝち(後)はいよいよ見えざりけりつひにかため(片目)はつぶれはて(果)にけり、
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●歯槽膿漏の男
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おとこ(男)ありけり、もとよりくち(口)のうち(中)のは(歯)、みなゆる(動)ぎて、すこしもこわ(強)きものなどは、かみわる(噛割)におよ(及)ばす、なまじゐにおちぬ(落抜)くることはなくてもの(物)く(食)ふ時は、さは(障)りてた(堪)えがた(難)かりけり、
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●痔瘻(じろう)の男
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あるおとこ(男)、む(生)まれつきにてしり(尻)のあな(孔)あまた(数多)ありけり、くそ(屎)まるとき、あな(孔)ごと(毎)にいで(出)てわづ(煩)らはしかりけり、
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●毛虱(けじらみ)の男
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陰毛にむし(虫)ある女あり、これをばつびしらみ(閇虱)と云、おとこ(男)これにちか(近)づきぬれば、かなら(必)ずうつる、一夜のうちにあまた(数多)になりてひげ(髪)、まゆ(眉)、まつげ(睫毛)までものぼ(上)る、かゆさた(堪)へがた(難)しとりすて(取棄)むとすれども、はだ(肌)にくひいり(喰入)てと(取)られず、かみそり(剃刀)にて毛をの(除)ぞきてたす(助)かるとかや、
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●霍乱(かくらん)の女
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霍乱といふ病あり、はら(腹)のうち苦痛」さす(刺)がこと(如)し、口より水をはき(吐)、尻より痢をも(漏)らす、悶絶?倒して、まことにた(堪)えが(難)たし、
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●口臭の女
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宮こ(都)に女あり、みめかたち(眉目容貌)、かみすがた(髪姿)あるべかしかりければ、人ざうし(雑司)につかひ(使)けり、よそ(他処)に見るおとこ(男)こころ(心)をつく(尽)しけれども、いき(息)のか(香)あまりくさ(臭)くて、ちか(近)づきよ(寄)りぬれは、はな(鼻)をふさぎてに(逃)げぬ、たゞうちゐ(居)たるにも、かた(傍)わらによ(寄)る人はくさ(臭)さた(堪)えがた(難)かりけり、
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しかし、本図巻は、もともと1巻18図があったらしい。本図巻は名古屋の関戸家に入り、関戸家では一枚ごとに裁断して保存したという。
他の9図は
I 鼻黒の一家
J 不眠症の女
K 屎を吐く男
L せむしの乞食
M 嗜眠(しみん)癖の男
N 顔にあざがある女
O 侏儒(こびと)
P 白子
Q 背骨の曲がった男
である。
これら9図は関戸家以外の所で文蔵されているという。
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